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予防接種被害

予防接種とは

予防接種とは、「疾病の予防に有効であることが確認されている免疫原を、人体に注射し、又は接種する」ことです。「伝染のおそれがある疾病の発生及びまん延を予防するために」行われるもので、従前、一定の対象者を定めて、法律で強制的な接種が義務づけられていました。強制接種のほかに勧奨接種、対象者とされた期間経過後の接種があり、また、開業医による接種によって義務を履行する開業医接種などの方法で予防接種は実施されていました。

予防接種被害

予防接種の免疫反応の必然的な効果として、死亡または重篤な神経系の副反応が生ずる可能性があります。国は、予防接種法によって、伝染病のまん延から社会を防衛するために、国民に接種義務を課して予防接種を実施してきました。しかし、同法には、予防接種によって必然的に発生する重篤な副反応を救済する規定は存在せず、事故や被害者は放置されてきたのです。

予防接種による被害は、家族が保健所に申し出ても「遺伝」「特異体質」などとされ、相手にされず追い返されました。また、国は、予防接種による重篤な被害の存在を公式には認めていませんでした。
1970年、種痘事故が報道されたことを契機に被害者が連絡をとることが可能となり、「予防接種事故防止推進会」が結成され、その運動の成果として、閣議了解という形式で、見舞金を給付する制度が発足しました。

しかし、被害の完全な補償や事故防止などの制度改革を求める被害者の運動にもかかわらず、国はその実現の方向への動きを止めてしまいました。

予防接種被害東京訴訟

そのような状況に直面した被害者のなかで、国の責任を明らかにしなければ事態の進展はないと考える「推進会」の有志が、予防接種被害の法的救済を裁判所に訴えることを決意し、1973年、東京地方裁判所に国家賠償請求訴訟を提起しました。その他の被害家族も4回に分かれて提訴し、原告は合計62被害家族となりました(のちに1家族が訴えを取下げ)。

弁護団は、自由人権協会の会員である6名の弁護士で構成されました。第1審の途中より、協会は、この訴訟を支援事件に決定しました。

この訴訟は、予防接種被害について、接種医師の責任を直接に問うことをせず、予防接種を強制し、その違反に対して刑罰を科すことまでしている国のみを被告として、その責任を正面から追及するはじめての訴訟でした 。裁判は、医学上、法律上の困難な課題に取り組みつつ、第1審の判決まで11年、控訴審の判決まで19年、控訴審判決で請求が認められなかった1家族についての最高裁判決、その後の差戻控訴審での和解まで26年の長い年月の経過を要しました。しかし、判決の内容は、いずれも被害者の司法に対する期待を受けとめ、被害の法的救済を実現させる画期的なものであり、法にもとづく被害者の救済と予防接種制度の改革を実現させる大きなインパクトをもたらしたのです。

1994年には、予防接種法が改正され、予防接種は「予防接種を受けるよう努める」義務となりました。

予防接種被害救済基金

控訴審判決確定後の1994年、原告団が自由人権協会に、予防接種被害の予防及び救済を目的とする「予防接種被害救済基金」を寄託しました。協会は、2005年11月18日、基金の援助を得て、予防接種被害東京訴訟・裁判記録出版記念シンポジウム「予防接種被害の救済と司法のドラマ」を開催しました。同基金は、2012年8月に設立された特定非営利活動法人海野人権基金に引き継がれています。

出版物

予防接種被害の救済 -国家賠償と損失補償-

ロースクール生、法学部生、司法修習生、弁護士必読。
現実に起きた被害と裁判、関係する人々とそのこころを読む。
1973年(昭和48年)の提訴から全員の救済まで26年を要した司法ドラマ
秋山幹男・河野敬・小町谷育子編

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