1 判決日・裁判体
最高裁判所第二小法廷令和6年6月21日判決
2 事案の概要
XがYに対して認知を求めている事案。
Yは平成〇年頃、自己の精子を凍結保存した。その後、Yは性同一性障害の性別の取扱いの特例に関する法律(以下「特例法」という。)3条に基づき女性への性別の取扱いの変更をした。
Xの母は、Yの同意の下でYの精子を用いた生殖補助療法により懐胎し、Xを出産した。Xは嫡出でない子である。
YはXに係る胎児認知の届出をしたが、Yの法的性別が女性であることなどを理由に届出が不受理とされたため、提訴した。
XとYには血縁上の父子関係が存在することは争いがない。法的性別が女性である者を父として認知請求できるかが問題となったが、原審は、民法787条の認知請求の相手方となる「父」とは生物学的な意味での男性をいい、特例法の制定によってこの解釈が変更されたものとはいえないとして認知請求を認めなかった。
3 関与した裁判官
⑴ 国民審査の対象となる裁判官
尾島 明
⑵ そのほかの裁判官
三浦 守
草野耕一
岡村和美
※全員一致
4 判決要旨
嫡出でない子は、生物学的な女性に自己の精子で当該子を懐胎させた者に対し、その者の法的性別にかかわらず、認知を求めることができると解するのが相当である。
5 人権・憲法の観点からの分析と評価
最高裁判決は、原審を取り消して認知の請求を認めたが、その理由を次のように説明している。
①民法の実親子に関する法制は、血縁上の親子関係をその基礎に置くものであるところ、生物学的な男性が生物的な女性に自己の精子で子を懐胎させることによって血縁上の父子関係が生じるという点は、当該男性の法的性別が男性であるか女性であるかということによって異なるものではない。
②実親子関係の存否は子の福祉に深く関わるものであり、父に対する認知の訴えは、子の福祉及び利益のため、強制的に法律上の父子関係を形成するものであると解されるところ、血縁上の父の法的性別が女性であることを理由に認知を妨げられると、子はその者と血縁上の父子関係があるにもかかわらず、養子縁組によらない限りその者から監護、養育、扶養を受けることのできる法的地位を取得したり相続人となったりすることができないという事態が生じるが、このような事態が子の福祉及び利益に反するものであるということは明らかである。
③特例法3条1項3号は、子が成年である場合について、その法律上の父は法的性別が男性である者に限られないことをも明らかにするものということができ、他に、民法その他の法令において、法的性別が女性であることによって認知の訴えに基づく法律上の父子関係が妨げられると解することの根拠となるべき規定は見当たらない。
判決が認知を認めたことは、父の権利の視点でも子の福祉を擁護する視点でも非常に評価できるものである。子が認知を認められない場合の不利益は、相続人になることができないなど極めて重大であり、他方で認知を認めることにより「女性である父」の地位が認められたからといって何ら公益に反するものではないことからすれば、認知を認めるべきであり、法廷意見の結論は極めて妥当である。
なお、三浦守裁判官と尾島明裁判官が詳細な補足意見を付している。