1 判決日等
最大決令和5年10月25日 民集77巻7号1792頁
2 事案の概要
生物学的な性別は男性であるが心理学的な性別は女性であるXが、性同一性障害者の性別の取り扱いの特例に関する法律(以下「特例法」という。)3条1項の規定に基づき、性別の取り扱いの変更の審判を申立てた。
これに対し、原審は、Xは、特例法3条1項1号から3号の要件は満たすが、生殖腺除去手術を受けておらず、「生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること」を規定する特例法3条1項4号(以下「本件規定」という。)に該当しないとして、Xの申立を却下した。Xは特別抗告。
本件規定及び特例法3条1項5号が憲法13条に反するかが争点となった。
3 関与した裁判官
⑴ 国民審査の対象となる裁判官
今崎幸彦裁判官、尾島明裁判官(いずれも多数意見)
⑵ そのほかの裁判官
大法廷決定の為、15名全員が関与。岡正晶裁判官の補足意見、三浦守裁判官、草野耕一裁判官及び宇賀克也裁判官の反対意見あり。
裁判長裁判官 戸倉三郎
裁判官 山口 厚
裁判官 深山卓也
裁判官 三浦 守 【反対意見】
裁判官 草野耕一 【反対意見】
裁判官 宇賀克也 【反対意見】
裁判官 林 道晴
裁判官 岡村和美
裁判官 長嶺安政
裁判官 安浪亮介
裁判官 渡邉惠理子
裁判官 岡 正晶 【補足意見】
裁判官 堺 徹
4 決定要旨
破棄、差し戻し。
本件規定(特例法3条1項4号)は憲法13条に違反するが、原審が判断していない同項5号のいわゆる外見要件について更に審理を尽くす必要がある。
(個別意見)
岡正晶裁判官の補足意見
本決定を受けてなされる法改正について、立法府が裁量権を合理的に行使することを期待する。
三浦守裁判官、草野耕一裁判官、宇賀克也裁判官の反対意見
5号の外見規定も違憲であり、本件申立てを認めるべきである。
5 人権・憲法の観点からの分析と評価
本決定は、戦後12例目の法令違憲判決・決定である。憲法13条を法令違憲の理由とした最高裁の判決・決定これまでになく、注目すべき決定である。
また、本件規定を合憲と判断した近時の最高裁決定(最2小決平成31年1月23日)を変更する点でも重要である。
多数意見は、性同一性障害に関する医学的知見、社会状況等を踏まえると、現時点においては、性別変更審判を求める者について生殖腺除去手術を受けたことを前提とする要件を課すことは、憲法13条で保障された身体への侵襲を受けない自由を放棄し、強度な身体的侵襲である生殖腺除去手術を受けることを甘受するか、又は性自認に従った法令上の性別の取り扱いを受けるという重要な法的利益を放棄して性別変更審判を受けることを断念するかという過酷な二者択一を迫るもので、制約として過剰であり、本件規定は、総合的に衡量すれば、その制約は必要かつ合理的なものとはいえず、「特例法3条1項4号は、憲法13条に違反する」と判断した。
その上で、原審が判断していない「その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外見を備えていること」を規定する特例法3条1項5号について、更に審理を尽くさせるため、原審に差し戻した。
大法廷が、憲法13条により身体への侵襲を受けない自由が保障されると明示したこと及び性的少数者の人権保障の観点から近時の先例を変更して法令違憲の判断を下したことは評価できる。
また、各反対意見は、国民審査対象裁判官の意見ではないため詳細を割愛するが、その理由に、性的少数者の権利についてそれぞれ踏み込んだ指摘があり、示唆に富むものである。