2011年7月15日第二小法廷判決
問題点
弁護士でありタレントとしても活動していた、橋下徹氏(現・大阪 市長)が、出演したテレビ番組において、いわゆる「光市母子殺害事件」として報道されている事件の弁護団の弁護士21名を懲戒請求するよう視聴者に呼び掛けた(この呼び掛け行為を以下「本件行為」という)。本件行為につき、弁護団弁護士の橋下氏に対する、不法行為に基づく損害賠償が認められるか。
内容
須藤、千葉(多数意見)
本件行為が、刑事弁護活動の根幹に関わる問題の重要性についての慎重な配慮を欠いた軽率な行為であり、その発言の措辞にも不適切な点があったといえようが、弁護団弁護士らの被った精神的苦痛が社会通念上受忍すべき限度を超えるとまではいえず、不法行為法上違法なものであるということはできない。上記損害賠償は認められない。
コメント
上記のとおり、弁護団弁護士らの請求は、1、2審と異なり、最高裁で逆転して、すべて棄却された。上記判断ではその論拠として、弁護士法58条1項が、懲戒請求をすることは広く何人にも認めていること、本件行為は視聴者の主体的判断を妨げるものではないこと、弁護団弁護士の弁護士業務に多大な支障が生じたとまではいえないこと、が挙げられた。
本件は、弁護士(である橋下氏)が、テレビを通じて広く、懲戒請求を呼び掛け、それにより懲戒請求が弁護士会に殺到した、という点に特色がある。確かに、懲戒請求は広く誰にでも認められているが、一般市民が自発的に大量の懲戒請求をしたのではない。橋下氏の本件行為がなければ、大量の懲戒請求はなされなかった。
また、この最高裁判決が判示するとおり刑事弁護活動の評価について考慮すべき事項を十分に説明せず、また、いわば「こんな活動はケシカランから、許せなかったら懲戒請求してほしいんですよ」と、「弁護士が」、「公共の電波を使って」呼び掛けることで、極めて多くの一般市民が「そういう制度があるのか、橋下弁護士が言うのだから、懲戒請求をしてみよう」と考えるに至るのは、自然なことであろう。
しかも、本件行為は、刑事弁護活動の結果として表面的に、しかも部分的に出てきた事柄だけをとらえてそれをもとに懲戒請求を呼び掛けてしまったものであるが、弁護士であれば、弁護活動として弁護団の活動が絶対にあり得ないものであるとは、記録も見ていない以上、言い切れないことは理解できるはずである。
これらのことから、橋下氏の本件行為による精神的苦痛が社会的に受忍できる範囲のものとは、本来いえないはずである。
「弁護士、弁護士会は、その活動について不断に批判を受け、それに対し説明をし続けなければならない立場にあるともいえよう」(須藤裁判官の補足意見)、「刑事弁護活動もあらゆる批判から自由ではなく、公の批判にさらされるべきものであり、その都度司法が乗り出して、不法行為の成否を探り、損害賠償を命ずるか否かをチェックする等の対応をすべきでない」(千葉裁判官の補足意見)、というのは、一般論としてはいえるかもしれないと考えられるが、橋下氏の本件行為の、上記特殊性を踏まえてそれらを合理的に説明するものとは言い難い。また、公の批判が懲戒請求をするという形をとるのは、その請求の要件に見合った特殊な場合にすぎない(請求をするには一定の調査検討が必要とされ、また、懲戒請求があれば対象弁護士は陳述、資料等の提出を求められ、しかも、請求されたこと自体弁護士の名誉にかかわり得る、ということは、須藤裁判官の補足意見にも示されている)。
(藤原 家康)
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