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Ⅱ. 改正手続

Q3 96条のせいで憲法が変えられないの?

【A】そんなことはありません。これまで「96条のせいで」改正されなかったことはありません。そもそも国会で具体的な改正案が審議されたことすら1度もないのです。仮に「96条のせいで」改正ができなかったとすれば、それは、その改正案が大多数の国会議員の賛同を得られないような程度のものだったからです。

解説

1 憲法改正手続(96条)

96条は、憲法改正の要件を定めた規定です。改正の手続は2つに分かれます。
1つは、「各議院の総議員の3分の2以上の賛成で、国会が、これを発議」するという発議手続です。「発議」とは、国民に提案される憲法改正案を国会が決定することをいいます。
もう1つの手続は、国民投票手続です。改正案は発議と同時に「国民に提案」されます。そして、改正案が「特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成」により承認を経た場合には、憲法が改正されることとなります。

2 自民党改憲草案の内容

自民党は、このうち、発議手続を「両議院のそれぞれの総議員の過半数の賛成」に変えようとしています(自民党「日本国憲法改正草案」100条1項、自民党改憲草案Q&AのQ38)。国会議員の3分の2以上の賛成を得られなくとも、過半数の賛成が得られれば、国会の発議が得られるようにしようということです。

自民党は、すべての条文にわたる具体的な改憲案を公表しています。けれども、その具体的な改憲案を発議にかけるのではなく、96条の改正だけを先行させようとしています。その理由は、自らの改憲案が「各議院の総議員の3分の2」の賛成を得ることができないとわかっているからです。「各議院の総議員の3分の2」の支持を得ることをあきらめ、ルールそのものを変えようとしているのです。
自民党は、改正の「ルール」を変える理由について「国民に提案される前の国会での手続を余りに厳格にするのは、国民が憲法について意思を表明する機会が狭められることになり、かえって主権者である国民の意思を反映しないことになってしまう」などと述べています(自民党改憲草案Q&AのQ38)。しかし、日本の国会は、これまでに一度も憲法改正の提案や審議はされていません。ですから、「国会での手続」が「余りに厳格」であるかどうかは、全く実証されていません。
実は、よりよい国にしていくために本当に必要な改正であれば、3分の2の国会議員の賛成を得ることはそれほど難しいことではありません。たとえば、1993年に制定された環境基本法という法律は、衆参両議院ともに全会一致で可決されました。その他これまで多くの法律が全会一致又は圧倒的賛成多数で可決されています。近年では、「国会議員歳費減額法」、「NPO法改正法」、「原発子ども被災者支援法」、「カネミ油症被害者救済法」といった各法律が衆参両議院とも全会一致で可決されています。このように、改正案が本当に良いものであれば、両議院で総議員の3分の2の賛成を得ることは十分に可能なのです。

3 なぜ憲法改正手続は法律の制定手続よりも厳しいのでしょうか

96条は、憲法の改正を法律の制定よりもしづらくしています。このような憲法を「硬性憲法」と言います。その理由は、憲法と法律とでは、定める内容が異なるためです。法律は国民が守るべき約束ごとなどを定めています。他方で憲法は、国が、国民に対して守るべき約束ごとなどを定めています。憲法改正は、このような国が国民に約束した内容を変えるものです。国会議員の過半数だけで安易に変えられるようにすれば、国に課した約束ごとが簡単に破られてしまいかねません。
そこで、憲法を変える際には、国民を代表する国会議員の大多数が変えた方が良いと思うようなものだけを、国民投票にかけることとしたのです。総議員の3分の2という発議要件を課すことで、その改正案が本当に国をより良いものしていくものであるかどうか、スクリーニングをかけているのです。

もちろん世界には、より緩やかな要件で改正を認める憲法を持つ国もあります。96条の要件が日本に合わないということであれば、より緩やかにすることを議論してもよいかもしれません。
けれども、先ほども述べたとおり、日本では、これまでに96条のせいで改正ができなかったことは一度もありません。96条の要件が厳しすぎるかどうかについては、何ひとつ裏付けがありません。
それなのに、国会が日本国憲法史上初めて発議にかける憲法改正案が、憲法の改正をしやすくするための改正だというのは、少しみっともない話だと思います。

Q4 外国ではしょっちゅう憲法が変えられているって、ホント?

【A】そういう国もあります。しかしその内容のほとんどは、国民の権利を広げるものや、義務を減らすもの、国家権力を分散させたり抑止したりするものなどです。自民党改憲案のように、国民の権利を狭めたり、義務を課したり、国家権力を制約から解き放つために憲法をしょっちゅう変える国はありません。日本であれば民法や公職選挙法に規定されている条項が憲法典に盛り込まれている国もあり、改正の回数を単純に比較することに意味はありません。

解説

日本以外の多くの国では、憲法改正がしばしば行われています。また、いくつかの国では、ここ数十年の間に、憲法自体の改廃(新憲法の制定)が行われています。

しかし、その内容を丁寧にみると、そのほとんどが、国民の権利を広げるものや、義務を減らすもの、国家権力を分散させたり抑止したりするもの、また、連邦制を取ることに伴う連邦と州の権限分配に関するものなどです。自民党改憲草案にあるように、国民に憲法擁護義務を課したり、国民の自由を狭めたり、君主制を強めたりする方向で憲法改正がなされた例はほとんどありません。ちなみに、第二次大戦後、改正の要件を緩める改正がなされた国は、調べた限り、1つもありません。

また、憲法が国の基本的な約束ごとや運営方法を定めるものであるという点はほとんどの国で共通していますが、憲法にどの程度具体的な規定を盛り込むかという点は国によって様々です。たとえば、日本では戦後、衆議院について10回、参議院について5回の議員定数の変更がなされました。日本では議員定数が公職選挙法で定められていますから法律改正で足りましたが、カナダやフランス、韓国は、議員定数を憲法で定めているため、議員定数を変えるためには憲法改正をしなければなりません。選挙に関する規定なども、憲法での規定ぶりに国ごとに幅があります。
ですから、改正の具体的な内容を比較することには意味がありますが、改正の回数だけを外国と比べることには全く意味がないのです。

そして内容を見てみれば、世界中で、憲法改正の要件を緩くする改正がなされた国は、おそらく一つもありません。そのような提案がなされたこともありません。そもそもいくつかの国では、改正手続を定めた規定について、改正を禁止したり(フランス)、改正にとても厳しいハードルを課したり(カナダ等)しています。各国の改正手続については、本Q&Aの末尾の表を見てください。
憲法は、権力を独占する国と、権力を委託する国民との間の約束ごとです。国家権力は、怪物にもたとえられる強大な権力です。憲法は、そんな強大な国家権力を縛る鎖として機能します。だから、国家権力を行使する当事者は、憲法を変え、鎖を緩めることを望みます。そして、憲法を変えやすくするため、改正手続を緩めることを望むのです。
今回の96条改正案は、権力を独占する国の運営者たちから提案されました。国民やメディアから96条を改正するべきだという声が沸き起こったなどということはありません。全国紙・地方紙含め新聞の社説は、読売新聞と産経新聞を除き、全てが96条の改正に反対しています。国家権力を行使する当事者が、改正規定の改正を求める場合には、真意を疑う必要があります。

Q5 日本の改正手続は厳しすぎるんじゃないの?

【A】そんなことはありません。日本よりも厳しい改正手続を採る国は数多くあります。

解説

自民党は、アメリカ、フランス、ドイツ、イタリア、カナダ、中国、韓国の7か国の改正手続を紹介し、日本の憲法は「世界的に見ても、改正しにくい憲法となっています」と述べています(自民党改憲草案Q&AのQ38。「主要国における憲法改正手続の規定・戦後の憲法改正(平成24年4月現在)」。あたかも、“日本では改正の要件が厳しすぎるせいで、憲法をよりよいものに改正することすらできなくなっている”というかのようです。

しかし、そもそも世界的に見て、日本の改正の要件が厳しすぎるということはありません。自民党が紹介する7か国のうち、たとえばアメリカは改正の要件として「各院の3分の2以上の賛成+4分の3以上の州議会の承認」を求めており、明らかに日本よりも厳しい要件となっています。韓国も、「国会の3分の2以上の賛成+国民投票」としている上、国民投票において有権者の過半数の投票を必要としており、国民投票の定足数を設けない日本よりも厳しい要件となっています。カナダも日本と同じかそれ以上に厳しい要件を設けています。「世界的に見ても、改正しにくい」というのは誇張があります。

そして、憲法改正の要件が厳しすぎるから、より良い改正ができないということもありません。アメリカは、先ほど挙げたように大変厳しい改正要件を設けていますが、憲法制定以来、27回の改正がなされています。その他の国も、厳しい要件をクリアして、多数の憲法改正をしてきています。

そもそも他国と比較して厳しすぎるから緩くしよう、というのは何の理由にもなりません。自民党の改正案が通れば、今度は他国と比較して緩すぎることとなります。自民党は、自らの改憲案を通した後、今度は「改正手続がほかの国よりも緩やか過ぎるから、より厳しくしよう」と言って元に戻すのでしょうか。

結局、より良い改正ができない理由として、憲法改正規定の「厳しさ」を持ち出すのは間違っています。

以下参考までに、自民党憲法改正草案Q&Aであげられている各国の改正規定の概要と憲法の改正回数をご紹介します(国会図書館調べ)。

資料 7か国憲法改正手続比較表

資料 7か国憲法改正手続比較表

Q6 国民投票があるから、国会の議決は過半数でいいんじゃない?

【A】憲法は、多数決に絶対の信頼を置いていません。国民を信頼すれば国民投票だけでよいはずだ、という議論は、多数決に絶対の信頼を置くもので、危険な考えです。また、間接民主制には、それ自体に重要な価値があります。なんでも国民投票に委ねればよいというものではありません。そして、「団体の基本的な約束ごとや運営方法の改正は単純過半数だけでは許さない」のが、民主主義社会の叡智です。

解説

1 多数決に絶対の信頼は置けません

憲法は、多数決に絶対の信頼を置いていません。多数決は間違うことがあります。多数決が間違った結果、国民一人一人が生きていくうえで極めて重要な利益が侵されたり、国の基本的な運営方法が取り返しのつかない事態になってしまうかもしれません。憲法は、そのようなことがないよう、ときには多数決を否定してでも守るべきものを条文として規定しています。
つまり、「国民を信頼していれば国民投票で十分なはずだ」という議論は、そもそもの憲法の本質的な意義 ―多数決に絶対の信頼を置くことはできない― ということを無視するものなのです。
本当に国民を信頼するのであれば、国民投票の要件を3分の2とすればよいはずです。一定数の署名を集めた国民にも発議権を認めればよいはずです。野党にも発議権を認めるべく、たとえば国会議員の3分の1とすればよいはずです。さらには、ドイツで定められているように、国民に抵抗権を認めてもよいはずです。しかし、自民党改憲草案を含め、96条を改正しようという人たちは、誰もそのような提案をしません。単に、与党だけで憲法改正の発議ができるように提案するだけです。自民党の96条改正案は、野党の改憲拒否権を奪うことを目的としています。3分の1以上の反対の声には価値を置かず、単純な多数決のみに絶対の信頼を置いています。憲法の基本的な考えと相反します。

2 国民投票の意味

そもそも、国民投票で足りるから、国会の発議要件は緩やかにする、というのはおかしな話です。
現在、ほとんどの国において間接民主制が採られていますが、これは、単に直接民主制が不可能であるからだけではありません。選挙によって正当に選出された立法の専門家(国会議員)が、自身の全人生経験を礎に、多大な時間を費やし、叡智を振り絞り、様々な情報を集め、各分野の専門家から意見を聴取し、条項の一言一句まで徹底的に討議した上で決議することと、全国民に賛成か反対かの択一権のみが与えられているに過ぎない国民投票とを同一視するべきではありません。
もちろん国民投票にも重要な意義がありますが、どちらかと言えば、国会の暴走を食い止める拒否権として位置付けるべきです。また、日本の国民投票の要件は、定足数も定めていない、とても緩やかな国民投票です。投票率を加味すれば、国民の3分の1程度の賛成で改正される可能性もあります。与党だけで改憲案を発議できるとなれば、与党が好きなタイミングで好きなテーマだけを国民投票にかけられるようになります。9条を改正したい与党であれば、国際情勢が最も緊迫した情勢を見計らって9条の変更案だけを発議することができるようになります。原発を禁止したい与党であれば、原発事故が起きた直後に原発禁止条項の新設を発議することができるようになります。国民投票だけを歯止めとして、与党だけで憲法改正を発議できるようにするというのは危険です。
このことを裏付けるように、多くの国で、憲法改正には、議会の特別多数を決議要件としています。自民党が紹介する7か国の中で、議会の単純過半数で改正を発議できるとする国は1つもありません。国民投票を設けていない国も多数あります。国民投票を設けている国のうちいくつかは、イタリアやフランスのように国民投票を一種の拒否権として位置付けています。国会の特別多数が得られた場合は、国民投票を排除することが許されています。これらの国はすべて国民の力を信じていない未熟な国なのでしょうか。

3 団体の基本的ルールの変更は3分の2以上の多数決

ある団体の基本的な約束ごとや運営方法は、その団体のすべてのメンバーに大きな影響を及ぼします。ですから、日本では、ほとんどの団体について、基本的な約束ごとや運営方法を変える際には、3分の2以上の多数決が求められます。
たとえば、株式会社の基本的な約束ごとや運営方法に関するルールである定款を変える際には、株主の3分の2以上の議決が必要です(会社法309条2項11号)。マンションの規約を変える際には区分所有者及び議決権の各4分の3以上の議決が必要です(建物の区分所有等に関する法律31条1項)。
このように、団体の基本的なルールを変えるためには、メンバーの3分の2の賛成を求めても、決して厳しすぎるということはありません。むしろ、半数近くの人が反対しているのに改正を強行することは、将来に禍根を残します。基本的な約束ごとや運営方法を変更する際、メンバーの大多数が良い変更だと思うものに限定するため慎重な手続を求めることは、極めて一般的なのです。

4 過半数と3分の2の違い

過半数と3分の2の大きな違いは、反対派との割合です。過半数であれば、49:51でも要件をクリアします。これでは団体のメンバーが賛否拮抗するような内容が、その団体の基本的な約束ごとや運営方法となってしまい、反対派に対しても強制力を及ぼすこととなります。他方で、3分の2であれば、33:67でなければ通過しません。つまり、反対派にダブルスコアを付けなければならないのです。
株式会社の基本的な約束ごとや運営方法が気に入らなければ、株式を売ればその会社とは離れることができます。マンションとなると、引っ越しを余儀なくされるので、もっと大変です。それでも自分の人生に与える影響としては何とか甘受できるレベルです。
国はどうでしょう。国の基本的な約束ごとや運営方法である憲法が、自分にとってとても我慢がならない内容に変えられてしまったとき、その人はどうすればよいでしょうか。じっと耐えて生きるか、日本を離れるかしなければなりません。日本国籍を変更する必要も出てくるかもしれません。株の売却やマンションの引っ越しとは比べ物にならないのです。

5 憲法と法律の違い

法律は国会議員の過半数で制定できるではないかと言われるかもしれませんが、憲法と法律は違います。法律は、多様な利害を調整しつつ、現実の問題を解決したり、国を前に進めるために制定されます。仮に多数の横暴により、個人の人格を決定的に犯すような行き過ぎた法律が制定された場合、憲法違反として無効とされます。他方、憲法は、すべての法律、制度を統制する、社会の根幹に関わるルールです。多数の横暴により、個人の人格を決定的に犯すような行き過ぎた憲法が制定された場合、大変なことになります。憲法の改正は、国民相互にぶつかりあう様々な利害の調整や差し引き計算などに相当する法律の制定・改正とは、次元の異なる話です。
重要な政策決定であれば国民投票にかけることも検討されるべきでしょう。けれども憲法について、国民投票を過度に重視することはできません。国民を信頼することと、憲法改正に当り多数決を過度に重視することは全く別の話なのです。

6 発議要件の緩和の理由を国民投票に求めるのは理屈に合いません

国民投票を信じるならば国会の発議要件を緩めるべきだというのは、憲法の意義から見ても、他国の制度を見ても、日本の他の団体の制度を見ても、全く理屈に合わない主張です。国民投票があることを理由として、憲法改正の国会の発議要件を緩やかにすることは、合理的ではありません。

資料 各国憲法改正手続比較表

資料 各国憲法改正手続比較表

リンク

日本国憲法の改正手続に関する法律を見てみましょう。
総務省 国民投票制度

日弁連の会長談話はこちら
憲法改正論議が高まる中で迎えた憲法記念日に当たっての会長談話

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